くよくよする
朝永振一郎という物理学者がいた。
1965年にノーベル賞を受賞したひとである。
1937~39年にかけてドイツに留学し、ハイゼンベルクの指導を受けたが、この留学中、研究がうまく進展しないことについて悩み続けた。
1938年11月17日 <前略>湯川から第四の論文がくる。坂田、小林、武谷と四人共同のである。これを見てまたゆううつになる。そして、ゆううつになるなどこういうことをもう何回もくりかえしているかと思う。それから計算にかかるがうまくいかない。11月26日
何もかわりはない。天気がいい。物理ははかどらない。散歩に行く。1939年1月8日
<前略>あのややこしい宇宙線の実けんを分析して行くオイラーやハイゼンベルクの頭にはとてもかなわぬ気がする。ぼくにとっては、いかめしく苦しい物理学など、彼らにとっては少しばかりややこしい街すじの散歩くらいでしかないらしい。<中略>夜、大賀、イトウ君らとだべる。ぼくの会話は非常にガイストライヒで、天才的なひらめきがあるなどみな言うが、人をばかにする話だ。2月23日
<前略>計算をなおすすめてみたら、やはりだめだ。<中略>つくづくとなさけなくなる。朝永振一郎『滞独日記』
『滞独日記』には、こういう話が連綿とつづられている(もちろん映画を見に行ったとか、散歩に行ったとか、日常生活も記載されている)。朝永振一郎はこのような苦しみを経て、やがて新しい理論を形成し、それが世界から評価される。
しかし、読者はこの日記を読んで「頑張れば、成果を挙げられる」などという教訓めいたことを学ぶ必要はない。ただ、不断の努力と苦しみ、ライバルたちへの羨み、くよくよする姿という人間的な感情の動きについてシンパシーを感じればよい。
この日記は下の文庫本で読める。
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