トップページ | 2004年8月 »

2004.07.27

福壽草(その1)

 荒川洋治『夜のある町で』(みすず書房)の中で,小沼丹(おぬま・たん)『福壽草』が紹介されてゐた.いい随筆集だと言ふのでアマゾン経由で購入してみた(「本は本屋で買わう」と言つてゐたにもかかはらずこの始末).
 届いてから驚いたのは,立派な造本だつたことである.箱に入つてゐる上に,箱も本もパラフイン紙で覆はれている.さらに本の表紙は布張り,書名と著者名は刻印されてゐる.いつも本を手荒にあつかつてゐる私への戒めであらうか.大事に読まねばならぬやうな気がしてきた.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

言文不一致

ある国際会議に出席したとき,私の論文を読んだ人が,私の会話が幼稚なので
「あの論文を書いたのは他の人でしょう」と言った.
否定したが,あまり信用していなかった(ように見えた).

英語圏の人々から見ると,日本人は「サッカレーのように書き,幼児のように話す」らしい.
上の文章,サッカレーではなかったかもしれないがとにかく英語圏の文豪の名が挙がっていた.
要するに文章を書く力はあるが,会話力は無いらしい.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.07.22

過去は前か後か

「この前」というのは過去.「この後」というのは未来.
しかし,未来のことを「この先」とも言う.
われわれはどちらを向いているのか.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.07.21

「理解が少ない」

「理解が少ない」という言葉(同じような表現としては「理解が得られなかった」)は,単に「反対された」ということだけを表しているのではないと思う.この言葉を使うときには,自分の意見が正しいとした上で,「理解してもらう努力が不足していた(自分の努力不足)」ということを表現したい,あるいは「もっと理解するべきだ(相手の努力不足)」ということを表現したいのだと思う.いったい,何の話かというと,次のようなことについての感想である.

大阪のあるNPOがある突飛なイベントを企画した.しかし,そのイベントは地方自治体のみならず,周辺商店街,市民から強い批判を受けて「中止」された.どの程度の批判かというと,市民に対するアンケートで8割がイベント開催に待ったをかけるほどのレベルである.

そのNPOは公式ホームページ上で「私たちの趣旨に対しての理解が,残念ながら非常に少ない」と認めているものの,イベントのどういう点が批判を受けているのかについては何も語っていない.今回のイベント中止についても数年後に「延期」と強弁している.ホームページ上の表現から推察すると,この「理解が(中略)少ない」という表現には,少なくとも「理解してもらう努力が不足していた(自分の努力不足)」という反省の気持ちはこめられていないと思う.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本屋で本を買わう

先日,セレクトショップならぬセレクト本屋の青山ブックセンターが閉店.

面白い本が多い本屋だと思っていたんだけど,よくよく考えてみると,ここで本を買った回数は少ない.高価な画集を眺めていただけだったような気がする.インターネットを巡回してみると,「ここで本を見て,アマゾンで購入」という人が結構いた.みな同じようなものか?

本を眺めているだけで買わない客が多いとしたら,本屋にとっては経済的打撃が大きい.気に入った本,読んでみたい本が見つかったにもかかわらず,その本屋で購入に踏み切らないとしたら理由はなんだろうか? あくまでも私の考えだが,迷い無く買うには高いからという理由が考えられる(重いからという可能性もあるが).

しかし本が躊躇するほど高いかというとそうでもないと思う.普段は飲食や衣服や旅行にはかなりの金額を投入している.たまに興味のある本が見つかった場合には(あとでハズレの本だということが発覚する可能性があるとしても),迷わず買ってもいいのではないだろうか.

とりあえず私としては,今後は気になる本が見つかって,買うか買わざるか迷う場合には,その場で本を買おうと思う.本を手にとってみることができる場所がこれ以上減少しないように.

◆追記:
唐沢俊一氏が裏モノ日記(2004年7月17日付)の中で
「鶴岡 の電話、青山ブックセンター倒産について。あの青山本店の、おしゃれなだけで無意味に空間がある配置がキライだった、というようなことを話す。」
と書いておられる.本好きの人にとっては,本に対する執念が感じられなかったのかもしれない.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.07.20

夜のある町で

■荒川洋治『夜のある町で』(みすず書房,1998年)

浜松町のブックストア談で購入.「四六版宣言」というフェアで平積みになっていた.装丁が気に入ったので手に取った.いわばジャケ買いである.

この本はエッセイ集である.著者が詩人だというのは読んでから知った.失礼なことである.文体は平易でユーモアがある.話題は楽しいものが多い.

最もおかしみを感じたのは「これからの栗拾い」.女性のお尻が好きだ,ということから始まる文章を読むと笑ってしまう.投稿と寄稿という言葉の違いに拘った「投げるのか! 寄せるのか?」,詩の朗読に見られる自己満足を批判した「声」,宮沢賢治崇拝者を批判した「注文のない世界」は記憶に残るエッセイである.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宗家

羽田発宇部山口行ANA693便に乗ったところ,和泉流宗家とご母堂がいらっしゃった.エコノミー席にいらっしゃった.宗家は和服と袴をお召しだった.宇部山口空港到着後は俗人とともに荷物待ち.ハイヤーでどこかへ向かわれた.宇部で公演があるのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2004年8月 »