2009.12.27

またまた<中略>またまた中国に出張するわけで…

m(_ _)m今日、27日から31日まで中国・武漢に出張予定。
もう、何回、中国に渡っているんだか。

もはや海外出張などという気分ではなく、福岡や東京に行くような感覚。
むかしは何日も前から荷物をまとめていたものだが、前日まで放置状態。

というわけでほんの少し日本を離れますが、どなた様も良い年末年始をお迎えください m(_ _)m

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2009.12.26

IEEEの国際会議を糾弾するメールが来た件

今月初めに「「bogus conferences(偽学会)にご注意を!」とのメールが出回っている件」(2009年12月3日)という記事を書いたが、その続きのような話。

今度は「IEEE Conferences are garbage(IEEEの国際会議とやらはクズカゴだ)」というIEEEの国際会議を糾弾する内容のメールが来たのである。一種のチェーンメールだろうか?

From: XXXXXX@ece.ncsu.edu Date: 2009/12/23 Subject: NEW ! Many University Web Pages consider that many IEEE Conferences are garbage. To: bowlleravner@gmail.com

Many University Web Pages consider that many IEEE Conferences are garbage.
Some of them consider that even in the IEEE Journals the review is quite ridiculous and has only to do with your public relations in IEEE and its conferences or if you have put as co-author
some important editor of IEEE

See these link and examine the word: unrefereed

http://www.ece.ncsu.edu/imaging/Publications/unrefereed.html
http://sekmen-cs.tnstate.edu/sekmen/sekmen/ConferencePapersNonRefereed.html
http://www.utdallas.edu/~rmt042000/publications.htm
http://www.math.duke.edu/~das/cv/unrefpub.html
http://web.sfc.keio.ac.jp/~rdv/publications.html
http://www.yawlfoundation.org/arthur/publications/index.php
http://softbase.uwaterloo.ca/~ddbms/projects/multimedia/publications.html
http://npal.ucsd.edu/publications/index.htm
http://www.cl.cam.ac.uk/~awm22/publications/index.html

From http://netdriver.blogspot.com
Forward this message to your mailing lists with reference to us
http://netdriver.blogspot.com/2009/12/many-universities-consider-that-many.html

See also

http://iaria-highsci.blogspot.com

小生はIEEEの会員じゃないんだから送ってこないでくれよという気もするが、同時に対岸の火事は面白いという気もする。

国際会議での発表内容はもちろん大事だが、日本人にとっては英語でプレゼンすること自体が既に巨大なハードルである。

日本国内では若手研究者(35歳以下)に限っては、国際会議出席を評価してやってもいいんじゃないかと思う。なお、中堅以上の研究者(36歳以上)が査読付き論文レベルの業績として国際会議での発表を掲げるのは問題だと思う。

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2009.12.22

臨時首都広島:「坂の上の雲 日清開戦」で思い出したこと

最近は毎週欠かさず「坂の上の雲」(司馬遼太郎原作)を見ている。近代日本の開花期を描いたドラマである。歴史に詳しい人にとっては突っ込みどころが多い(秋山真之はもっと小柄だったとか、まあ当時の平均身長を考えたら当たり前である)ようであるが、全体としてはよく作られていると思う(秋山好古はメッケルに欧米人と間違われるほど彫りの深い顔立ちだったというから、阿部ちゃんは適役である)。

今週日曜日の「坂の上の雲」では日清戦争が描かれていた。このドラマでは触れられていなかったが、日清戦争の間、広島は臨時首都であった。

清国に対する日本からの宣戦布告は1894(明治27)年8月1日に行われたが、戦闘はそれ以前から始まっている。同年7月25日の「豊島沖海戦・高陞号事件」と同月29日の「牙山の戦い」が日清戦争の実質的な始りだと言えるだろう。

宣戦布告からひと月半後の9月15日、戦争指揮のために明治天皇が広島に移り、それに伴い広島城内にに大本営が置かれる。また、10月18日にはこの地で臨時帝国議会が開催された。以下はその際の詔勅である(旧字体と新字体が混ざっているがご寛恕いただきたい):

詔勅

朕惟フニ國家今日ノ急ハ軍旅ニ在リ
既ニ大纛(たいとう)ヲ進メ親ク其ノ事ヲ視ル
唯立法ノ要務早ヲ趁(お)ヒ議會ノ協賛ヲ
望ムモノアリ乃チ期ニ先チ帝國議
會ヲ召集スルノ必要ヲ認メ茲ニ来ル十
月十五日ヲ以テ臨時帝國議會ヲ廣嶋
ニ招集
シ七日ヲ以テ会期ト為スヘキ
コトヲ命ス百僚臣庶其レ朕カ意ヲ体
セヨ

御名御璽

明治二十七年九月二十二日於廣島大本営

内閣総理大臣伯爵 伊藤博文
逓信大臣伯爵 黒田清隆
海軍大臣伯爵 西郷従道
内務大臣伯爵 井上馨
陸軍大臣伯爵 大山巌
農商務大臣子爵 榎本武揚
外務大臣子爵 陸奥宗光
大蔵大臣 渡邉國武
司法大臣兼文部大臣 芳川顕正

(国立公文書館アジア歴史資料センター「御署名原本・明治二十七年・詔勅九月二十二日・臨時帝国議会召集」より)

実際には「御名」の部分には「睦仁」という明治天皇のご署名、「御璽」の部分には「天皇御璽」という印が押されている。言うまでもないが念のため。あと大纛(たいとう)というのは「天子の乗り物の左に立てる大きな旗」または「大本営」のことだそうだ。

日清戦争は翌1895年4月17日の下関条約締結を以って終結した。終戦に先立ち、同月1日に大本営は解散されていたが、明治天皇は4月27日まで広島に滞在していたと言う(Wikipedia(今現在)の記述では1896年のことと誤記されているが、それでは終戦後一年以上も大本営が続いたことになってしまう)。

政府・軍部の首脳が集まり、国会も開かれていた以上、1894年9月15日から1895年4月27日までの7ヶ月間、広島が実質的に首都であったことに異論はないだろう。

参考:
「首都の痕跡がある広島城趾」「清和ノート」(2005年11月02日)
「ひろしま通の集い…首都広島の遺跡~広島大本営跡 」「ひろしま通」(2008年8月31日)
「広島大本営」(Wikipedia)
「儀典と法律の総合ウェブページ 中野文庫」
「国立公文書館 アジア歴史資料センター」

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2009.12.20

ババロア(宇部のボナペティ)

最近、近所の「ボナペティ」という洋菓子屋さんによく行く。
前々から気になっていたババロアを本日購入。

ババロア

完全にクリスマス仕様である。
小生の場合、味を表現する語彙が少なくて申し訳ないのだが、洋酒に付けた梨が中に入っていて、大人の味だった、と述べておこう。

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2009.12.16

ユニセフから何か来た

先日、ユニセフから寄付を求める郵便物が来た。

ユニセフから何か来た

もちろん、小生のところだけでなく、他のブロガーの人々のところにも来ているようである(みなさんのところはどうでしょうか?)が、反応はさまざまである:

好反応: 「ユニセフ(Unicef)からの便り」(「空を見上げて、空から眺めて~ -eaglei-」、2009年12月3日)

胡散臭いという反応: 「ユニセフの募金について」(「徒然雑感 by おとぼけの父上」、2009年12月11日)

日本ユニセフ協会から送られてきたのかとも思ったが、封筒の送り元は
 United Nations Children's Fund
だし、スタンプのところは
 New York NY 10017
 United Nations
となっているから、直接米国本土というかユニセフ本体から送られてきた郵便物のようである。ただし、寄付金の振込先は日本ユニセフ協会。

ネット上の情報を見ると、日本ユニセフ協会に対して批判が集まっているようだが、ユニセフ日本事務所だけでは効率的に寄付を集められないだろうし、小生としては特に問題ないと思っている。

問題はこういうものが送られてきたとき、どう対応しようかという話。ゴミ箱にポイするほどドライにはなれず、進んで寄付するほど善良でもない。

3000円でビタミンA一年分を1500人に投与でき、5000円で経口補水塩を714人分用意できるという話だから、そのあたりの金額で寄付でもしようか?寄付した一部は日本ユニセフ協会の運営費に充てられると思うと微妙だが・・・。

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2009.12.03

「bogus conferences(偽学会)にご注意を!」とのメールが出回っている件

え~。
仕事の忙しさにかまけて、ブログ更新をサボっている間に師走であります。
ひさびさに記事投稿いたします。

昨日、仕事のメールをチェックしていたら、こんなものが・・・。

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Dear Mario,

I believe that many IEEE (sponsored or co-sponsored) conferences are quite bogus
because they have published a lot of fake papers from SCIgen automatic machine
or papers of low quality...We must be careful, otherwise our massive policy for giving the name of IEEE
to strange organizers will harm the reputation of IEEE conference,
if we have kept any rank of such an old reputation.

Prof. DARIO PETRI
IEEE Italy Section
*****@ieee.org

********************************************************
Posted at
http://anti-plagiarism-org.blogspot.com/2009/12/impressive-declaration-from-prof-dario.html
at 3:49 AM 0 comments
11/19/2009
IARIA Bogus IEEE Conferences started again their criminal work
From the following blog http://bogus-conferences.blogspot.com
we took the following post:

The IARIA continuing its policy of absolutely non-reviewed articles and the IEEE publishes all the Proceedings with garbage papers of IARIA
We do not know anymore what to assume. The IARIA continuing its policy of absolutely non-reviewed articles and the IEEE publishes all the Proceedings with garbage papers of IARIA
The IARIA is a real disaster and a slap in the face of science.

Why doesn't IEEE stop to publish the IARIA proceedings? because of the commission of course!

SOURCE: http://bogus-conferences.blogspot.com
********************************************************

内容を要約するとこんな感じ:

スパムメールかと思ったが、内容は金の無心とかではなく、わりとちゃんとしたアカデミックな話題。AVGのウィルスチェックも通過しているので大丈夫そう。

小生は物好きなので、槍玉に挙げられているIARIAについて一応チェックしてみた。確かにIEEEがスポンサーとして挙げられている。

逆にIEEEのサイト内を検索してみると"92th IEEE Region 8 Committee Meeting"の文書の149ページに2008年に開催した国際会議として"The 1st IARIA/ IEEE International Conference on Communication Theory, Reliability, and Quality of Service (CTRQ), Bucharest, Romania, 2008"が挙げられているので、IARIAがIEEEから認められている組織であることは間違いない。

こうしてみると、一見、IARIAはちゃんとした組織であり、その国際会議もちゃんとしているように見える。

しかしながら、BOGUS CONFERENCESによれば、IARIAでは査読もなく講演が認められ、さらにそれが出版されているそうだ。同ブログではIARIAのほか、IEEEが支援/主催するいくつかの国際会議が叩かれている。"IEEE SENSORS 2009 Conference"なる国際会議ではBOGUS CONFERENCESのブログ主が書いた偽論文が3つも受理されてしまったそうである。このままだとスパム論文だらけになる、というのがBOGUS CONFERENCESのブログ主の恐れていることである。

学術の世界では"Publish or Perish"(発表か破滅か)ということが言われるが、とくにここ十数年、業績として質よりも量が問われるようになってきており、それが安易な論文と国際会議の急増を引き起こしている。さらには発表需要を当て込んでの「商売としての国際会議」を生んでいる。名門IEEEもその害毒に侵されているということだろう。

ちなみに、何で小生のところにこのメールが舞い込んできたのかは不明。

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2009.11.26

宇部空港の乗降客数

先月初めの山口新聞によれば、山口宇部空港の乗降客数は減少を続けているとのことだった:
山口宇部空港の東京線 利用者12カ月連続減」(山口新聞、2009年10月6日)

具体的には本年度4月~8月まで5カ月間の利用者数が、前年同期と比べ13%落ち込んでいるということである。短期的な原因としては(1)景気悪化、(2)新型インフルエンザ、(3)豪雨災害の3つが、長期的な原因としては(1)北九州空港開港、(2)JR新山口駅の「のぞみ」停車本数増加が挙げられている。

2003年度に96万人だったのがピークで、2008年度には85万人まで乗降客数が落ち込んでいる。

あー、こりゃダメか?と思ったら、朝日新聞にこんな記事が。
空港需要、甘すぎた予測 達成4空港のみ」(朝日新聞、2009年11月22日)

2000年以降に開港もしくは拡張を行った国内30空港のうち、着工前の需要予測よりも実際の乗降客数が上回ったのは、岡山、広島、山口宇部、天草の4空港だけ、という話である。すごいな、中国地方、よくやった山口宇部空港、という感じである。まあ、山口宇部空港は101%で、ぎりぎりセーフだけど、良しとしよう。

上述したように山口宇部空港の需要減には隣接する北九州空港の影響があるとされているが、その北九州空港はどうかと言うと・・・達成率24%!。

山口宇部空港の足を引っ張っている上に、自身も酷い結果とは。北九州空港は本当に必要なのだろうか?

まあ、これは宇部側からの見方であって、北九州側には北九州側の主張があるはずである(むこうは山口宇部が邪魔になっているに違いない)。

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2009.11.20

Zhejiang大学から切手シートをもらった件

先日、中国のZhejiang(せっ江大学<「せつ」の字が出ん>)大学の論文誌"Journal of Zhejiang University SCIENCE A"(大手学術出版社のSpringerと共同発行)の査読をやったら、お礼に切手シートが届いた。中国らしく「筆墨紙硯」をテーマとした切手4枚が張ってある:

Zhejiang01

Zhejiang02

中国からの贈り物というと、でかい箱でもらって困るようなものが多いのだが、こういう切手シートだと保存も楽で良い。それにしても中国の切手は昔に比べて綺麗になったものだ。

Zhejiang大学は中国最古の大学のひとつで杭州市にある。清華大学、北京大学についで、第3位の大学とされている。

日本の場合、大学の論文集というと「紀要」という価値が微妙なものが多いが、中国の場合、トップ校は"Journal"という体裁をとる。アカデミックの世界で言うJournalとは、学者相互の査読(peer review)を通過した論文のみを掲載する論文集のことであり、ニュースが載っている一般の雑誌や随筆みたいなのが載ってしまう「紀要」や誰でも登録料を払えば発表できる「講演論文集」とは格の違うものである。

まあ、中国の大学のJournalのpeer reviewはいまのところ、形式的な意味合いが強く、伝統あるJournalとはレベルが違う。掲載されている論文は一流誌に掲載されている研究の二番煎じ的なものが散見される。

しかしながら、Elsevier(エルゼビア)やSpringer(シュプリンガー)といった学術出版社と組むあたり、長期的な戦略に基づいていることが伺える。

つまりこういうことである: 中国の国力が伸張するに従って、学術的にも中国は米国と並ぶ地位に達する(G2時代の到来)。そのとき、中国トップ校のJournal群は権威ある学術交流の場として機能するわけである。

日本の学者が欧米諸国の動向だけ見ていれば良いと言う時代は既に終わっている。学術レベルでも中国との付き合い方(例えば、中国トップ校の雑誌にも論文を投稿していくべきかどうか)を真面目に考えるべき段階なのだなあと思った。

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2009.11.04

【清張生誕100周年】松本清張記念館に行く

社会派ミステリーファンのツマの勧めにより、昨日、一緒に松本清張記念館に行った。2009年は清張生誕100年の年なので、タイムリー。

Seichomemorial
(「松本清張記念館図録」(同記念館売店にて\1,500で販売)表紙より)

小生は、清張の本を読んだ記憶が乏しいのだが、ドラマや映画はいくつか見ているつもり。丹波哲郎・加藤剛主演の「砂の器」(1974年、松竹)とか、桃井かおり主演の「疑惑」(1982年、富士映画・松竹)とか、斉藤由貴主演の「ゼロの焦点」(1995年、NHK)とか、ビートたけし主演の「点と線」(2007年、テレビ朝日)とか。多分他にもあるはず。

42歳のとき「西郷札」でデビューし、遅咲きと言われながら、1992年に82歳で病死するまで、40年間全力疾走した。晩年も最前線で執筆を続けた凄い人である。

この記念館の売り物は、清張の自宅の一部を移設して再現した、書庫・書斎である:
Seichomemorialbookshelf
(「松本清張記念館図録」42~43ページより)
すっごい量の書籍である。清張に匹敵するだろうと思われるのは、司馬遼太郎(故人)と立花隆と井上ひさしの3人だろうか?

清張作品の凄いところは現在でも読み次がれ、映画・ドラマが製作されていること。清張の著書はいずれも膨大な文献調査と取材を下敷きにして書かれたと言われているが、そのような作業から抽出されたエッセンスが含まれているので、著書は本質的には古くならないのだろうと思われる。

著作や原稿、遺品や年表、さらに松本清張記念館オリジナルのドキュメンタリー「日本の黒い霧―遙かな照射」(80分)を見たりして、結局3時間あまり滞在した。小生、様々な美術館や博物館に行ったことがあるが、こんなに長時間滞在したことは無い。

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2009.10.29

夢中対面(ゆめであえたら)

先日早朝、夢を見た。

先年死んだ筈の飼い犬が居て、小生に「『新聞』と『お新聞』の違いは何? 『仕事』と『お仕事』の違いは何?」等と質問したのである。

死んだ筈の犬が居て、しかも人語を解するあたり、今振り返れば、夢ならではの不条理さを感じる。しかし、夢を見ている最中あるいは夢から覚めた直後は、犬の子供っぽい質問に微笑ましさを感じ、また、もはや会えない筈の犬に会えて懐かしさを覚えたことは紛れも無い事実である。

さて、その前夜、小生は吉田真樹著『再発見 日本の哲学 平田篤胤―霊魂のゆくえ』(講談社)の「夢中対面」の件(くだり)を読んでいた。

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平田篤胤本居宣長の死後の弟子である。篤胤は宣長の著作を読むことを通じて宣長を敬慕していたものの、既に宣長はこの世には居なかった。ところが、篤胤は28歳のとき、夢の中で宣長に対面し、弟子入りを許された。これを「夢中対面」と言う。

「夢中対面」に関しては宣長の弟子たちから批判が寄せられたようである。『平田篤胤―霊魂のゆくえ』によると、弟子の一人、城戸千楯は「私の夢の中に本居宣長先生がお出でになり、平田篤胤氏を弟子にしたことをおっしゃるまでは、私は平田氏を先生の弟子とは思わない」と痛烈に批判している。近代合理性の視点から見れば千楯の批判は御もっともである。

しかし、篤胤にとっては夢は真実である。夢を信じる心は古代人の心性であり、篤胤はこの古代の心性を備えていた。近代合理性を備えた知識人である、宣長の弟子たちから見れば篤胤は時代錯誤的である。

しかし『平田篤胤―霊魂のゆくえ』は篤胤の「夢を信じる心性」をこのように擁護する:

それがいかに時代錯誤的に見えようとも、死者への思いを馳せたり、恋において狂おしいほど相手を思うということは、ごくありふれたことのようにも思える。<中略>(その)思いが叶えられる場所は夢であるほかない。夢はおのれの場所であるだけでなく、神・仏・思い人の場所でもある。だからこそ、夢を見る者・見させる者が相互に乗り入れ、両者が出会うことを可能にする「あやしき」辺境世界として夢はある。篤胤はそのような夢を信じた。篤胤は近世庶民と同じ、夢を信じる心性をもっていたのである。(同書55ページ)

夢と言うのは「睡眠時に脳が情報を保存するか否か取捨選択している際に知覚される現象」である、というのが有力な説のようである。近代合理性を備えたつもりの小生にとってはこの説は正しいものであると思われる。しかし、飼い犬との夢中対面を果たした小生としては、夢を信じる古代の心性を捨てがたくも思うのである。

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