2019.01.16

海上花列伝|第六回から第十回のあらすじ

昨日に引き続き,太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)の第六回から第十回のあらすじをメモしておく。。


第六回
■魚(あかご)を養(う)む戲言(ざれごと) 善(よ)き教を微(あらわ)し
老鴇(やりて)を管(とりしま)る奇事 常の情(さま)に反す

転宅の祝宴を辞した葛仲英呉雪香は大馬路のデパート,亨達利(ホンタリ)洋行で買い物をする。仲英と雪香が帰宅すると,王蓮生から張蕙貞宅に来るようにと誘われる。仲英が向かいの蕙貞宅を訪れると,蓮生のほか,洪善卿らがおり,さらに羅子富が加わる。


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第七回
悪しき圈套(わな) 迷魂(まどわし)の陣を罩住(し)き
美しき姻縁(えん) 薄命の坑(あな)と填成(な)る

張蕙貞宅での宴会が終わり,羅子富は最近馴染みになった芸者,黄翠鳳の家を訪ねる。翠鳳は不在で翠鳳の女将,黄二姐が子富の話し相手になる。黄二姐によると,翠鳳は子富が古い馴染みの蒋月琴のところに通っていることが気にくわないらしい。


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第八回
深き心を蓄(ひそ)め 紅線の盒(はこ)を動留(うばいと)り
利(するど)き口を逞(たくましう)し 七香の車を謝卻(ことわ)る

羅子富は黄翠鳳をなだめようと金の腕輪を贈るが,翠鳳はしたたかで,子富は翻弄されるばかり。子富は翠鳳宅で一泊したのち,翠鳳を連れて馬車で明園へと向かう。


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第九回
沈小紅 張蕙貞を拳翻(なぐりたお)し
黄翠鳳 羅子富と舌戦す

羅子富は黄翠鳳を,王蓮生は張蕙貞を連れて明園の楼閣で歓談する。そこへ突然,嫉妬に狂った沈小紅が現れ,蕙貞をボコボコにする。警察や店のボーイらの介入によって喧嘩は強制終了。騒動が静まり,小紅と蕙貞はそれぞれ帰宅する。王蓮生,羅子富,黄翠鳳は今後の対策について協議する。翠鳳は子富に「あなた,ためしに蒋月琴の所に行ってみたら?」と言って揶揄する。


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第十回
新粧を理(おさ)め 討人(かかえ)に訓導(しつけ)を厳しくし
旧債を還すに 清客(たいこもち)も機鋒(ほこさき)鈍(にぶ)る

王蓮生と羅子富は洪善卿に招かれて,周双珠宅の酒宴に参加する。この酒宴には趙樸斎・張小村も加わり,子富のご機嫌取りに励んでいた。

酒宴が終わり,王蓮生は洪善卿らとともに沈小紅宅を訪れる。すると,小紅は蓮生に飛びかかるやら板壁に頭を打ちつけるやらの大騒ぎ。蓮生は小紅をなだめるため,小紅宅に留まることにする。


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ということで,二人の芸者,沈小紅と張蕙貞のバトルが一つの見どころとなっている。

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2019.01.15

海上花列伝|第一回から第五回のあらすじ

太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)を読んでいるところである。

内容を忘れないよう,第一回から第五回のあらすじをメモしておく。


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第一回
趙樸斎 鹹瓜街に舅(おじ)を訪れ
洪善卿 聚秀堂に媒(なかだち)を做(な)す

田舎から上海に職探しに来た趙樸斎が,薬局を営んでいるおじ,洪善卿を訪ねる。善卿は樸斎と,その同郷の友,張小村を引き連れて,西棋盤街の聚秀堂に行く。樸斎はここで,陸秀宝という芸者を見初める。


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第二回
小■子(わかもの) 烟(アヘン)を裝(つ)めて空しく一笑し
清■人(はんぎょく) 酒を喫(の)まんと枉(むな)しく相譏(あいそし)る

趙樸斎は張小村に連れられてフランス租界新街のはずれの家に行く。そこで樸斎は娼婦の王阿二と知り合う。翌日,樸斎は小村とともに聚秀堂の陸秀宝を訪ねる。


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第三回
芳名を議し小妹 招牌(かんばん)を附(だ)し
俗礼に拘り 細■(ボーイ)首座を翻(じたい)す

洪善卿が公陽里の芸者,周双珠を訪ねる。そこで双珠の妹分の名付け親となり,周双玉と命名する。そのあと,善卿は聚秀堂に行き,趙樸斎,張小村らと宴会をする。またそのあとで,江蘇の知事候補,羅子富らの宴会に招かれる。


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第四回
面情(メンツ)を看(た)て 代庖(かわりに)買弁(かいものやく)と當(な)り
弄眼色(めくばせ)して喫醋(しっと)は包荒(ゆるしお)く

羅子富らの宴会を辞した洪善卿は王蓮生に招かれ,祥春里の芸者,張蕙貞の家を訪ねる。善卿が帰った後,王蓮生は張蕙貞宅を出て,西薈芳里に住む馴染みの芸者,沈小紅を訪ねる。沈小紅は王蓮生が新しい芸者に夢中になっているのではないかと不機嫌になる。


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第五回
空當(あな)をうめ 快手(とりて)新しき歓(いろ)と結び
住宅を包(か)り 調頭(やどがえ)に旧好(ふるきなじみ)を瞞(あざむ)く

王蓮生は張蕙貞のために,東合興里に家を借りる。盛大な転宅祝いが行われ,向かいに住む芸者,呉雪香やその馴染みの客,葛仲英も宴に加わる。


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ということで,上海に出てきた若者,趙樸斎は悪い遊びを覚えてしまった。そして,王蓮生は沈小紅という馴染みの芸者がいながら,張蕙貞に貢いでおり,暗雲が立ち込めている。さて,ここからどう展開するか?

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2019.01.14

ワインよりどりみどり

山口井筒屋で開催中の「英国&イタリアフェア」に出かけて,イタリアワインを買ってきた。

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白,赤,スパークリング,5本よりどりみどりで10800円。

左から

  • Franchetto Soave Recorbian
  • Amorino Trebbiano d'Abruzzo Doc
  • Amorino Casauria Montepulciano d'Abruzzo DOC
  • La Fortezza Aglianico del Taburno
  • Ceci Otello Nero di Lambrusco

イタリアフェアではピッツァも買ったので,晩のお楽しみ。

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2019.01.09

『海上花列伝』を読む

先日紹介した『傾城の恋/封鎖』の著者・張愛玲 (Eileen Chang)は米国に移り住んだ後,上海を舞台とした清朝末期の小説『海上花列伝』を英訳した。

その『海上花列伝』を先日から読み始めている。今のところ日本語訳としては唯一のもの,太田辰夫訳『海上花列伝』(平凡社 中国古典文学大系 49,1969年)である。

著者は江蘇省松江府,つまり現在の上海の小説家,韓邦慶 (Han2 Bang1 qing4)。その地域の日常語である呉語で書かれた。

舞台は清末,上海の花街。すでに欧米人も上海の租界に居住している時代。

いちおうの主人公は,田舎から上海に職探しに出てきた少年,趙樸斎(Zhao4 Pu3 zhai1)17歳である。世間知らずといった感じだったのだが,たちまち花街の魅力に取りつかれ,零落して車夫となったり,置屋の主人となったりする。

今,「いちおうの主人公」と書いたのは,この小説は群像劇だからである。特定の登場人物たちが何かを成し遂げたり,悲劇に向かったりするような小説ではない。始まりも終わりもない日常の中で,悲喜こもごものエピソードが重ね合わされ,複雑な交響楽となっているわけである。

張愛玲が好んだのもわかる気がする。

ちなみに,1998年にホウ・シャオシェン監督で映画化された。タイトルは『フラワーズ・オブ・シャンハイ』という。台湾・日本の合作で,トニー・レオンと羽田美智子が主演を務めた。映画は趙樸斎のエピソードではなく,王蓮生や沈小紅らのエピソードに基づいている。

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2019.01.06

日本人の科学技術観は150年間変わっていない

年末年始,この本も読んでいる:

山本義隆『近代日本150年――科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書,2018年1月)

一般的には,日本の近現代を,明治維新から太平洋戦争敗戦までの「戦前」とそれ以後の「戦後」に二分することが多い。

これに対し著者は序文の中で

「日本は,明治期も戦前も戦後も,列強主義・大国主義ナショナリズムに突き動かされて,エネルギー革命と科学技術の進歩に支えられた経済成長を追求してきたのであり,その意味では一貫している」

と述べているが,実に卓見である。

そう。

科学技術に関しては幕末から現代に至るまで,日本人の平均的な見方は変わっていない。

敗戦に関しては,明治以来の科学技術志向から逸脱して精神主義に陥ったのが原因であるとする識者は多い。

本書第6章では,山下奉文大将が戦後に日本の敗因を米記者に問われた際,「科学」と叫んだというエピソードが紹介されている。

幕末,識者たちは科学技術が国家の基だと考えた。そして,敗戦後,再び,識者たちは科学技術が国家の基だと考えた。科学技術進展のために総力を挙げる姿勢は150年間変わっていない。

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2019.01.05

張愛玲『傾城の恋/封鎖』を読む

この年末年始,張愛玲著/藤井省三訳『傾城の恋/封鎖』(光文社古典新訳文庫,2018年5月)を読んだ。

中国の近代文学というと魯迅しか知らないという底の浅さ。だが,本書を読んで中華民国期に流麗な文体で巧みに構成された恋愛小説の書き手がいたことを初めて知った。

張愛玲 (Eileen Chang)は,清朝の高官・張佩綸(チャン・ペイルン)を祖父,李鴻章の長女・李菊藕(リー・チュイオウ)を祖母に持つ,名門の娘だった。1920年に上海共同租界で生まれ,ミッションスクール等で英米流の教育を受けた。

ここまで書くと恵まれた環境のようだが,父・張志沂(チャン・チーイー)と母・黄素瓊(ホワン・スーチョン)は不仲で,父はアヘンに溺れ,母は渡欧してしまうなど,家の中は荒んでいた。この辺りの事情は後述のエッセー「囁き」で詳述されている。

1938年,愛玲18歳の時,自宅を飛び出し,翌年,香港大学に入学。そして,1944年,24歳で小説集『伝奇(英題:Romance)』を上梓。これが大ヒットして中国中に名を馳せるようになった。

中華人民共和国樹立後も長編小説などを発表していたが,1955年に渡米したのち1995年に没するまで生涯中国に戻らなかった。


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本書には,

  • さすがは上海人(原題:到底是上海人, Shanghainese, After All/エッセー)
  • 傾城の恋(原題:傾城之恋, Love in a Fallen City/小説)
  • 戦場の香港――燼余録(原題:燼余録, From the Ashes/エッセー)
  • 封鎖(原題:封鎖, Sealed Off/小説)
  • 囁き(原題:私語, Whispers/エッセー)

の5作が収められている。

表題作の一つ,『傾城の恋』はこんな話である:

最初の舞台は上海。バツイチのお嬢様白流蘇(パイ・リウス―)が主人公。

流蘇は異母妹のお見合い相手,英国育ちのマレーシア華僑にしてプレイボーイの范柳原(ファン・リウユアン)に見初められる。

その後,舞台を香港・レパルスベイホテルに移して流蘇と柳原の恋の駆け引きが展開される。香港では柳原の女友達・インド美女サーヘイイーニ(王女?)が登場して流蘇をやきもきさせたりする。

この富裕層の恋の駆け引き,なんかウォン・カーウァイ(王家衛)の映画になりそうだ,と思っていたら香港でチョウ・ユンファ主演の映画になっていた:

傾城の恋』(アン・ホイ監督,1984年)


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流蘇と柳原の駆け引きは1941年12月8日,日本軍の香港侵攻によって幕を閉じる。そして香港陥落によってこの愛は成就する。

戦乱の中,流蘇と柳原が再会するあたり,ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』でトマーシュとテレザが「プラハの春」直後の混乱の中,再会するシーンを思い出した。

流蘇と柳原の愛の成就について張愛玲はこう記している:

「彼女の願いを成就するために,一つの都会が傾き滅んだのであろうか。何千何万の人が亡くなり,何千何万の人が苦しむ中,続いてやって来たのは天地を揺さぶる大改革……流蘇は自分が歴史において微妙な立場にあることに気づきもしなかった。彼女はただニコニコと笑うばかりで立ち上がると,蚊取り線香のお皿をテーブルの下まで足で押した。
伝奇物語の中の国を傾け城を傾ける人とは大体がこのようなものだ。」(『傾城の恋/封鎖』,99~100頁)

物語の閉じ方が実に良い。

到底是張愛玲。

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2018.12.30

リチウムイオンバッテリー臥薪嘗胆

スマホ、電気自動車などに利用されて大活躍のリチウムイオンイオンバッテリー(リチウムイオン二次電池)。

その生みの親、元旭化成の吉野彰氏による回顧録『リチウムイオン電池が未来を拓く』を読んだ。

リチウムイオンバッテリーの意義や技術的に重要なポイントを、軽妙な文章でわかりやすく説明してくれる本である。半日以内で気軽に読める。

現在,リチウムイオンバッテリーには様々なバリエーションが存在するが,吉野彰氏が開発した初めての実用的・商用的リチウムイオンバッテリーとは次のようなものだった:

カーボンを負極とし,LiCoO2(コバルト酸リチウム)を正極とする非水系有機電解液二次電池」(7頁)

ここで,二次電池とは充電可能な電池のことである。充電できない使い捨ての電池は一次電池という。

電解液として,イオンが溶けた水を用いるのが水系電解液である。しかし,水系電解液の電池は起電力を高くできない。そこで,水ではなく有機溶媒を用いる「非水系電解液」の電池が必要となるのだが,一次電池はともかく,二次電池は存在していなかった(下表参照)。そこで,著者らがチャレンジしたのが,非水系電解液二次電池だった。

  水系電解液電池 非水系電解液電池
(高電圧/高容量)
一次電池
(使い捨て)
マンガン乾電池
アルカリ乾電池
金属リチウム一次電池
二次電池
(充電可能)
鉛電池
ニッカド電池
ニッケル水素
???

ということでねらいは明確だったのだが,実際に作るとなると,材料探しが大変である。

電池の重要な構成要素は,正極材,負極材,電解液,バインダーの4つである。

バインダーというのは言わば糊である。例えば正極を作ろうとすれば,正極の集電体(アルミ箔や銅箔といった電極の基盤)に正極材(ここではLiCoO2(コバルト酸リチウム))の粒子を張り付けるための糊としてのバインダーが必要になる。

このバインダー一つをとっても,ちょうどいい塩梅に塗布でき,LiCoO2(コバルト酸リチウム)を集電体にくっつけることができるものを探し当てなくてはならない。塗布する装置自体が高価で,実験機でも数千万円,生産機では10億円もするというから驚きである。著者たちは実験のために,他社の塗布機を1時間10万円で借りたという。

正極材としてLiCoO2を,負極材としてカーボンを探し当てるのも大変な労苦を要したわけで,リチウムイオンバッテリーが商用化は著者らの臥薪嘗胆の賜物である。

そういった臥薪嘗胆を,開発当時の世相(レコード大賞受章曲だの強盗事件だの)を交えながら面白おかしく語ってくれるあたり,上手な講演を聞いているようで楽しい。

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2018.12.25

印欧祖語の再現

昨日の記事で,印欧祖語を取り上げた。印欧祖語は理論的に仮定される言語であって,そのまま存在しているわけではない。現代に残る言葉や,古文書・碑文を総動員して再現(再建)する必要がある。

その再建作業であるが,高津春繁『比較言語学入門』に一つの例が示されているので,それをアレンジして紹介する。

まず,印欧語族の中でもゲルマン語派と呼ばれる古今の言語で,「父」をあらわす単語を並べてみよう:

  • ゴート語 fadar
  • ルーン文字 fadiR, faᚦur, faᚦir
  • 古アイスランド語 fađer
  • 古英語 fæder
  • 古フリジア語 fader
  • 古サクソニア語 fadar
  • 古高地ドイツ語 fater
  • 英語 father
  • ドイツ語 Vater

ちなみに,ルーン文字の"ᚦ"はアルファベットの"p"ではない。スリサズという文字で音価は英語の"th"の音価に対応する。

また,古アイスランド語のđは"d"にストローク符号を付した文字で,クロアチア語,サーミ語,ベトナム語等で使われる。歯茎入破音という音価を持つ。

これらゲルマン語派諸語の「父」を表す言葉から,分化前のゲルマン語(行ってみたらゲルマン祖語)では「父」を

fađer

と発音していただろうと推定される。

つぎに,ゲルマン語派以外では,「父」という単語はどう表されていただろうか?

こんな感じであった:

  • サンスクリット語 pitar-
  • 古ペルシア語 pitar-
  • 古ギリシア語 πατηρ
  • ラテン語 pater
  • オスク語 patír

この結果と,先ほどの分化前ゲルマン語との比較から,ゲルマン語派では他の語派のpに対してfをもって対応していたことがわかる。

そして,印欧祖語では「父」という単語は

*pəter

と表されていただろうと推定される。ちなみに,"p"の前についているアスタリスク"*"は再建された印欧語の発音を表すときに使われるお約束のマークである。

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