2019.05.19

うつろいやすい日本酒

つい先日(2019年5月17日),酒類総合研究所(広島県東広島市)が2018酒造年度(18年7月~19年6月)全国新酒鑑評会の結果をホームページで発表した。金賞を獲得した清酒(日本酒)は全国で237点。都道府県別では福島県が22点で最多,次いで秋田県が18点,という結果だった。山口県は残念ながら入賞はあれど金賞なし。

――と書き出すと,「どこが酒どころだろうか」という話でも始まるのか,と思うかもしれないが,本記事で取り上げたいのはその話題ではない。日本酒の好みは一定したものではなく,変化を続けているよなぁという話である。

本棚からサカキンこと坂口謹一郎の『日本の酒』 (岩波文庫)を引っ張り出してきた。

この本の中で,著者はこういうことを言っている:

「……日本酒の酒質のうつろいやすさを思わずにはいられない。これが他の酒類,たとえば葡萄酒でも,ウィスキーにしても,長年の貯蔵を経た古いものが,ほとんど迷信とも思われるくらい尊ばれている酒類では,その古いお手本の手前,後の酒の酒質には,それほど突飛な変化のおこるはずはない。それに比べると,日本の酒では,その年の酒はその年のうちに消費されつくす建て前になっているので,年ごとの政治や経済の影響が積み重なって,長い年月の間には,思いもよらない大きな変貌をとげることも可能である」(坂口謹一郎『日本の酒』50ページ)

実際,その変化を確認しようと思い,『日本の酒』の55ページに掲載されている「日本醸造協会品評会で上位を占めた清酒の平均組成」の表と,酒類総合研究所が公表している『平成28酒造年度 全国新酒鑑評会出品酒の分析について』(酒類総合研究所報告)の第6表(そのうち新酒鑑評会上位酒平均値)とを組み合わせて表を作ってみた。

  エキス 日本酒度 アルコール濃度[vol%] コハク酸 [%]※ 酸度
第1回(明治40) 2.99 10.32 17.06 0.16 2.71
第5回(大正4) 3.81 10.32 17.48 0.15 2.54
第8回(大正10) 4.34 2.89 17.40 0.17 2.88
第11回(昭和3) 4.62 1.44 15.90 0.14 2.37
第12回(昭和5) 5.35 -1.44 16.46 0.13 2.20
第14回(昭和9) 7.12 -8.48 16.09 0.13 2.20
第16回(昭和13) 7.75 -10.53 16.79 0.13 2.20
昭和38(醸造試) 5.15 4.0 18.0 0.086 1.47
平成5(醸造試) 4.83 5.0 17.5 0.083 1.4
平成20(酒類総研)   3.4 17.8 0.077 1.3
平成25(酒類総研)   2.4 17.7 0.077 1.3
平成28(酒類総研)   1.7 17.4 0.077 1.3

ちなみに,かつて日本酒の酸量はコハク酸の濃度に置き換えて表示していたのだが,現在では酸度であらわしている。酸度1.0=コハク酸濃度0.059%に対応する。

この表を眺めると,アルコール濃度に関しては,明治・大正年間は17%台と高く,昭和初期は15~16%と低く,そして平成年間は再び17%を回復していることがわかる。

また日本酒度は明治・大正年間,非常に高かった(辛口だった)のが,昭和初期にマイナスに転じ(甘口に転じ),戦後はプラスに転じている(辛口に戻っている)ことがわかる。そして,日本酒度は平成になってからは低下する(甘口化する) 傾向がみられる。

酸度に関しては,時代が下るにしたがって,ほぼ一貫して低下している傾向がみられる。

ということで,日本酒の酒質が年年歳歳変化していることは明確である。

このように遷り変りの著しい日本酒だが,それが欠点だとは言えない。坂口謹一郎は,先ほどの引用文の続きでこのように述べる:

「しかしこれは,必ずしも日本酒の短所であるとばかりはいい切れない。むしろ日本酒の,時代とともに進んでゆく,若々しいフレキシビリティーを特徴づけるものともいえるであろう。」(坂口謹一郎『日本の酒』50~51ページ )

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2019.05.15

金沢の土産物

金沢には土産物がいろいろある。九谷焼の小物もいいし,生麩や俵屋のじろ飴もいい。

ちょっと変わったものとして21世紀美術館のミュージアムショップで買ってきたのが,以下に示す陶器類である。

まずは多田利子作焼き網とのどぐろの箸置き。

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のどぐろ美味しいよね。

そして結城彩作の一輪挿し。

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上の写真はツマが撮影したもの。インスタにアップ済み。

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2019.05.10

金沢の古地図あれこれ

先日来,加賀藩小幡氏のことをいろいろ書いているが,小幡氏研究で非常に役立つのが古地図である。

金沢は「延宝年間金沢城下図」をはじめ,古地図の充実した城下町であり,江戸初期から明治初年まで,加賀藩士たちの住まいの変遷を辿ることができる。

金沢の古地図の入門書としては,本康宏史編著『古地図で楽しむ金沢』 (風媒社・爽BOOKS)がある。今回の金沢旅行中,当地の有力書店である宇都宮書店・香林坊店で購入した。

そして同書店ではさらに重要な資料,『金沢市史 資料編18 絵図・地図』(金沢市刊,税込み7200円)も購入。金沢市史シリーズの中で最も人気が高く,長らく品切れになっていたものが増刷されたのである(参考)。

Kanazawashishi 

この刊のすごいのは,A0判1枚の「寛文7年金沢図」やA0判2枚の「延宝年間金沢城下図」が収録されていることである。

これらの古地図のすごさは地図を床に広げてみて初めて実感できる。 スマホやタブレットPCの画面なんかでは無理。

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2019.05.08

宮内橋を確認してきた

越中小幡氏の始祖とも言えるのが,小幡宮内長次(おばたくないながつぐ)である。微妙(みみょう)公=前田利常に仕え,家老,金沢城代を歴任。禄高は10,950石に達したーーというのは以前書いた(参照)。

宮内長次の次が宮内長治,その次が宮内立信である。 というわけで加賀の歴史上,小幡宮内という人は3人いる。

この小幡宮内さんたちがどこに住んでいたかというと,今の金沢市役所のあたりである。

「延宝年間金沢城下図」というとても有名な地図があるのだが,これもありがたいことに金沢市画像オープンデータで公開されている。この図に小幡宮内宅をプロットしてみた:

Enpou

※小幡宮内さんの下屋敷と,親戚にあたる小幡右京さん宅と,上州小幡氏の小幡七郎兵衛さん宅も一緒にプロットした。

小幡宮内さんの家はこのように栄華を誇っていたわけだが,宝永3年に立信が事件を起こして改易(参照)。屋敷は取り上げられてしまうわけである。

今,小幡宮内邸の名残はほとんど残っていない。わずかに小幡宮内邸の近くにあった橋が宮内橋として残っているだけである:

Kunaibridge

ということで,今回,宮内橋を確認してきたわけである。

これ(↓)が宮内橋である。堀(惣構という)の上に掛かっている:

Sdsc_1528

なんと金文字で宮内橋と記されている。

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この広大な金沢市役所の土地がかつて小幡宮内邸だったと知る人はそれほど多くないだろう。

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2019.05.07

文久の頃の加賀藩の小幡さんたち

この連休を利用して金沢に行ったわけである。

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目的は観光,そしてツマのご先祖・小幡氏の研究のため。

前にも書いた(参考)が,ツマの先祖に小幡嘉十郎信清(おばたかじゅうろうのぶきよ)という加賀藩士がいた。

この人である:

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禄高500石。幕末の文久元年(1861年)4月2日に父・治部助から家督を継いでいる。

文久の初めごろに作られた『加賀藩組分侍帳』という書物(昭和12年に金澤文化協会から復刻版が刊行されている。国立国会図書館のデジタルコレクションで閲覧できる)には,信清さんを含めて7名の小幡さんが載っている。

小幡さんと言っても大きく2系統に分かれる。一つは上野(上州)出身の小幡氏で,これを上州小幡氏と呼んでおく。そしてもう一つが越中出身の小幡氏で,これを越中小幡氏と呼んでおく。以前から話題にしている小幡宮内や先に述べた信清さんは越中小幡氏に属する。こうした情報をご提供いただいたぎょく氏にこの場を借りてお礼を申し上げておきたい。

『加賀藩組分侍帳』に記載されている小幡さんたちの記事をまとめると次の表の通りとなる:

石高 所属 備考 年齢,家紋 名前 住所,菩提寺 掲載ページ

3,000石

(内500石与力知)

人持組   丸ノ内松皮菱,【越中小幡】 小幡佳太郎 宗半丁,経王寺 7

2000石

人持組   丸ノ内松皮菱,【越中小幡】 小幡頼母 小将町,宗徳寺 8

250石

2番九里幸左衛門組

嘉永元年12月14日家督,父守衛

己酉16,丸ノ内七枚笹,【上州小幡】

小幡順太郎信友 宗半丁,了願寺 20

500石

組入未被仰付

文久元年4月2日隠居家督,父治部助

辛酉17,丸ノ内松葉菱,【越中小幡】

小幡嘉十郎信清 主馬町,妙成寺 61

無高

 

文久元年4月2日隠居

辛酉53,【越中小幡】 小幡烏山信茂(治部助)   61

400石

6番長屋七郎右衛門組

嘉永6年正月12日隠居家督,養恰哉

壬子28,丸ノ内五枚笹,【上州小幡】

小幡主税景行 馬場四,了願寺 62

 

新番組御表新番

万延元年8月朔,兄主税

庚申34,七枚笹,【上州小幡】

小幡猪之助敬直 馬場四,了願寺 176

さて,この人たちがどこに住んでいたかを地図上に示してみたい。いまは金沢市画像オープンデータという大変ありがたい公開データがあって(金沢市立近世資料館の方に教えてもらった),そこから得た「金府大絵図」(弘化・嘉永期)の図上に家の位置をプロットしてみた結果がこれである:

Kinfudaiezu

信清さんがいた主馬町というのは,今では菊川2丁目という名前になっている。

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2019.05.05

東南アジアとはどこのことか?

東南アジアとはどこのことか?

自明なことのように思えるが実はイメージに揺らぎがある。

ASEAN10カ国ないし11カ国といえば領域ははっきりするが、それは行政上の境界であって、学問的な領域設定とは違う。

地理学的には東南アジアとそのほかの地域を明確に分けるのは難しい。ミャンマーからインド、バングラデシュを隔てるものは特になく、中国南部からベトナム北部まで、山や河川はあれど、やはり境ははっきりしない。

生物地理区では、インド亜大陸からインドシナ半島を経て中国南部およびフィリピン、インドネシアの島嶼に至る地域は東洋区(Indomalaya ecozone)というまとまりをなしており、ここから東南アジアだけを取り出すのは簡単ではない。

山本信人監修・編著『東南アジア地域研究入門 3 政治』の序章では、東南アジアという地理概念の変遷が語られている。この地理的概念は国際政治的な理由によって拡大収縮を繰り返している。

かつての大英帝国にとってはインド、スリランカからイギリス領ビルマ、フランス領インドシナ、イギリス領マラヤ、オランダ領東インド、そしてイギリス領香港までを含んだ広大な領域が東南アジアだった。

英国没落後、世界の覇権を握ったアメリカにとってはフィリピンとタイを2つの中心として、その周りに広がる領域が東南アジアだった。

「東南アジア研究が成立するためには、東南アジアなる地域が存在する必要がある。」(6ページ)

その通りであるが、実際には東南アジア地域研究を通して東南アジアが定義されるというトートロジカルな学問の枠組みとなっており、それがかえって東南アジア地域研究をおもしろいものとしている。

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2019.05.04

5月なのに山口オクトーバーフェスト

またこの季節が来てしまった。

昨年(参照)に続き,山口市中央公園で,GWなのにオクトーバーフェストが開催されている。

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昨年は本場ドイツのビール30種類が準備されていたが,今年はさらに新たな醸造所が加わり,50種類ものビールが飲めることになった。

ドイツ最古の醸造所と言われるヴァイエンステファン(Weihenstephan)で初めの一杯,ヘフェ・ヴァイス(500ml, 1500円,アルコール5.4%)を注文。グラスの保証金が1000円。あと,ソーセージ14本セットも一緒に。

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ツマが山口市宮野「ヨロズファーム」のサラダ(↓)を買ってきたのでこれも食べる。丼いっぱいぐらいあってこれで一人前だそうだ。

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ヘフェ・ヴァイスはすぐに飲み干してしまったので,再びヴァイエンステファンでフルーツビール(500ml,1500円)を注文。サングリアのビール版です(↓)。 

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これも飲んでしまって,ツマにおごってもらったのがマイゼル・アンド・フレンズ(Maisel & Friends)のビショーフスホフ(Bischofshof)ツォイグル(500ml,1500円)。ノンフィルターのラガービール。達磨ジョッキに入っている(↓)

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会場ではバンド演奏も始まって,大賑わい(↓)。

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例によって,あの歌とともに乾杯が行われる:

〽 Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemütlichkeit !

ビショーフスホフ・ツォイグルを飲み干した後はしばし酔いを醒まし,万全の体制で最後の一杯に臨む。

ドイツNo.1クラフトビール醸造所アインガー(Ayinger)のノンフィルター・ドゥンケル(500ml,1500円)を飲む(↓)。

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トータル2リットルということで,ちょっと飲みすぎたかも。 

真昼間に飲んだくれるのはとても楽しい。

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2019.05.03

「フィドル・アバウト」、あの「カンニング・スタンツ」の続編

先ごろ、惜しまれつつ終わった楚漢戦争モノのwebコミック「カンニング・スタンツ」(十段あるいはコロラドひろし先生)。

季布、項籍、劉邦といった英雄たちのその後がずっと気になっていたのだが、昨秋から続編が出ていた。内藤周作氏による「フィドル・アバウト」である。コロラドひろし先生によるキャラ造形(格闘技やプロ野球にヒントを得た)を継承しつつ新たな境地を開こうとしている。

こうして意志は受け継がれるのであった。

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