2009.07.11

『海の帝国』第5章「文明化の論理」

さて、第5章。この章は「インドネシアの近代における『わたし』、カルティニのikとスワルディのsaya」(東南アジア研究34巻第1号、1996年)に加筆修正したものだという。

本章では、西欧によって、東インドというか東南アジアの住民の間に近代的自我意識が植え付けられたプロセスが語られている。

この地域の支配層である白人にとって、現地人たちは何を考えているのかわからない不気味な存在である。それならわかるようにしよう、ということで始まったのが「文明化」、ようするに西欧文明の強制である。

本章ではジャワ人の上流階級に属する、カルティニという若い女性が取り上げられている。彼女はオランダ語教育を受け、西欧的なものの考え方を身につけ、自己の中に「わたし」という自我意識を醸成した。

この自我意識の登場は画期的なものである。なぜかというと、内省したり想像したりすることが可能になり、さらに他人に伝えることが出来るようになったからである。

西欧化以前に内省や想像がなかったかというと、そうではないと思うが、明文化することができるようになったのは19世紀の西欧化によってだろうと思われる。

オランダ語教育を通して、多くのジャワ人は単に現状を追認するのではなく、あるべき理想像を求めるようになる。それが、インドネシア人意識、インドネシア国家意識を醸成し、後のインドネシア独立の基盤となる。

この章で19世紀の話は終わりを告げ、次は風雲急を告げる20世紀に移る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.10

『海の帝国』第4章「複合社会の形成」

「○○人」という民族意識が生まれたのは近代国家=リヴァイアサンのせいであるというのがこの章の内容である。

この章では、ラッフルズの書記として働いていたアブドゥッラー・ビン・アブドゥル・カディール(1794年マラッカ生まれ。1854年メッカ巡礼途中、客死)という人物が紹介される。

この人の曽祖父はイエメン出身のアラブ人でインドで結婚し、その子(祖父)はインドを出てマラッカで結婚した。そしてその子(父)がマラッカでインド人の娘(母)と結婚してアブドゥッラーが生まれたわけである。アブドゥッラーはタミル語とマレー語、そしてコーランに通じ、アラビア文字でマレー語を書くこと(代書)ができた。当時としては知識階級に属する。

本書ではこの人物に欠けているのは国家や民族の概念であるという。アブドゥッラーにとって重要なのは出自のような社会関係であって、自分が何人であるとか、何国に住んでいるかということは重要ではなかった。しかし、その後、この地域において近代国家が整備されていくとともに状況は急変した。アブドゥッラーの3人の息子たちは「マレー人」として生きていった。

「○○人」というのは、近代国家が住民・土地台帳をまとめたり、統計を取ったりするために恣意的に作った分類である。しかし、いったん成立するとそれが思考の枠組みとなり、分類された人々の間に「○○人」意識が芽生える。本書では、オランダ人男性と現地女性との間に生まれ、オランダ語ができないにもかかわらず「オランダ人」に分類されたメスティーソの女性が子供たちにはオランダ語教育を受けさせ、本国のオランダ人に同化していくという例を挙げている。

西洋から持ち込まれた近代国家は、19から20世紀にかけて、この地域の住民に民族意識を植え付けた。そしてそれがこの地域の現在の国家や民族に関する考え方の基盤となっていったのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『海の帝国』第3章「よちよち歩きのリヴァイアサン」

リヴァイアサンというのは近代国家のことである。リンク先のWikipediaの記事にあるように、ホッブズ以来、政治学の世界では国家の意味としてこの用語が使われるようになった。

「国家」という概念を定義するのは難しいが、本書では東南アジア各国の指導者が国家を乗り物に例えた事例を示している。ビルマ初代首相のウ・ヌーは英国から継承したビルマ国家を乗り物に例え、シンガポールの元外相ラジャラットナムはシンガポール国家を超音速のジェット戦闘機に例えた(小生もよくよく考えてみたが、日本だって「日本丸」という船に例えられることがある)。

こういう「乗り物」全般を一括して定義するとすれば、「足によらない移動手段」という抽象的な定義しかできない。「国家」も同じくらい抽象的に「支配の機構、装置」と定義してかまわないだろう、と本書では述べられている。

この「支配の機構、装置」は明らかに、それまでのマンダラシステムとは異質なものである。マンダラは王と王の主従関係、住民の親族関係、社会関係を存立基盤としていたのに対し、国家は法律、地図、住民・土地台帳などの統治技術を存立基盤としている。マンダラから国家への移行は連続したものではなく、国家は西洋によって、この地域にもたらされたものだと本書では述べられている。

1826年にシンガポール、マラッカ、ペナンで構成される「海峡植民地」が編成され、イギリス東インド会社による(非公式)海上帝国が運営されるようになると、その周辺のオランダ領東インドやスペイン領フィリピンも、これに対抗して新たな政治経済体制を構築し始めた。おぼつかない足取りだが、近代国家の歩みの始まりである。

本書で取り上げられている三つの植民地の現在の姿は次の通りである:


  • 海峡植民地: シンガポール、マレーシア
  • オランダ(領)東インド: インドネシア
  • フィリピン: そのままフィリピン

<海峡植民地>
海峡植民地国家は自由貿易が国是なので関税収入はほとんどない。そこで、国家の運転資金を中国人の経済活動から得た。すなわち、植民地政府がアヘンの独占販売権の入札を実施、これを落札した中国人が胡椒・ガンビル農園やスズ鉱山の中国人労働者に販売して利益を得る、という枠組みによって資金を得ていた。

<オランダ東インド>
オランダ東インド国家の場合、自由貿易ではイギリスに抗しきれないので、保護貿易主義に走った。ジャワ島において現地の農民に砂糖・インディゴ・タバコを強制栽培させ、ヨーロッパで販売し、収入を得た。このシステムを上手く運用するため、ごく少数のオランダ人指導層とジャワ人貴族出身の官僚による行政機構を構築した。

その一方で、海峡植民地の真似をしてアヘン請負販売制度を導入し、中国人がジャワ島農民にアヘンを販売した収益からも国家の運転資金を得た。

<フィリピン>
海峡植民地国家は胡椒・ガンビル農園・スズ鉱山の中国人労働者から収奪し、オランダ東インド国家はジャワ農民から収奪していたのに対し、フィリピンではそのような支配は行われなかった。

フィリピンは自由貿易を行い、活発な交易から関税収入(税率は低いだろうが)を得ることにした。そして、貿易の担い手としてイギリス人商人とともに中国人商人を歓迎した。その結果、フィリピンはイギリス非公式帝国の一翼を担うこととなった。と同時に中国人商人の活動に圧迫される形で、メスティーソ(中国人と現地人の混血)商人は高利貸しや地主に転出した。


さて、ここからはヨーロッパ・ユニバーサリスの話。

EU3は毎日のようにプレーしていて、小生のポルトガル領東インド海上帝国はこのようになっている:
ポルトガル海上帝国1770


フィリピン・ルソン島の植民が進み、あと、スンバワ、チモールなどにも植民地ができた。小生の海上帝国は、イギリス非公式帝国のラインとラッフルズのラインとの間に挟まれた領域に広がりつつあるが、とくに意味はない。現地人がおとなしくて暴動が起きにくい所に植民した結果である。

小生のEU3の世界は1770年代に至っているが、東アジアには明朝がでーんと構えており、東南アジアにはヴィジャヤナガル朝の領土が広がっている。また、西アジアではペルシア(何朝?)が勢力を増し、オスマントルコを押しつぶし、ヨーロッパに入り込もうとしている。防波堤はリトアニア大公国。

ヨーロッパではオーストリア、ブルゴーニュ、イングランド、カスティリア、アラゴン(そしてポルトガル)が覇を競い合っており、フランスが解体されつつある。

新大陸のうち、北米はブルゴーニュ、アラゴン、ポルトガルが三分しているものの、ポルトガル領内では「アメリカ合衆国」独立の気運が高まっており、早く「属国」として独立させてやった方が安全なのかどうか検討しているところである。中米は完全にポルトガル領であるが、「メキシコ」独立運動がはじまりつつあるので要注意。南米は北部+北西部をポルトガルが、東部をカスティリアが、南部をイングランドが支配しているが、ここでも「コロンビア」や「ブラジル」独立運動が起きつつあって油断できない。

アフリカは今のところ、ソンガイ、マリ、スワヒリなど各王国が健在。南アフリカにポルトガルが植民地を広げているぐらいでわりと平和である。というか「永久未知の領域」が広がっていて奥に進めない。まあ、20世紀に入るまで「暗黒大陸」(偏見)と呼ばれていただけある。

さて、今後のポルトガルの展開は?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.09

『海の帝国』第2章「ブギス人の海」

『海の帝国』第2章「ブギス人の海」で語られるのは、東南アジアにおける政治経済システム:マンダラシステムの破壊である。この章では東南アジア史研究者であるオリバー・ウォルタース(Oliver W. Wolters, 1915-2000)の説に基づいてマンダラシステムが説明されている。

マンダラシステムというのは仏教画の曼荼羅にたとえた東南アジア独特の支配のシステムである。東南アジアにはムアンとかヌガラとか呼ばれる無数の小王国(といっても村ぐらい)が存在する。この小王国はいわば小マンダラと呼ばれる。小王国の王様たちが、自分たちの間で実力のある王をリーダーとして担ぎ上げる。この王様(地域リーダー)と小国王たちとの間で成立する主従関係が中マンダラ。地域リーダーの中でも実力のあるものが登場すると、それが大王になり、中マンダラと主従関係を結ぶ。これが大マンダラ。

マンダラシステムの特徴は、王様たちの力関係が変化して各王国の地位が浮沈することがあっても、基本的には滅亡しないことである。「併合」という考えが無い。

マンダラにはさらに海のマンダラと陸のマンダラがある。海のマンダラは港町を中心とする貿易主体のマンダラであり、陸のマンダラは農村を中心とする農耕主体のマンダラである。海のマンダラと陸のマンダラの間の力関係は、中国の王朝の貿易政策に左右される。

中国の王朝が朝貢貿易政策を採る場合、朝貢によって公認された海のマンダラが栄える。しかし、中国の王朝が海禁政策(鎖国政策)を採る場合、私貿易が盛んになり、公認された港を持つ海のマンダラの独占体制が崩れ、陸のマンダラも貿易に参加できるようになる。この場合、もともと地力のある陸のマンダラが優位になる。

このような海陸のマンダラの浮沈というか消長が東南アジアにおける歴史のリズムを生み出しているというのがウォルタースの説。

このリズムをぶっ壊したのが、16世紀にマラッカを占領したポルトガルであり、その後を引き継いだオランダであると本書では述べられている。18世紀始め、ブギス人の活動はこの海域で繁盛を極めていたものの、それはマンダラシステム崩壊による混乱の産物であったようである。そのためナポレオン戦争後、ジャワがオランダに返還されてみると、ブギス人にはマンダラシステムの覇権を握ることが出来ないことが判明、結局ラッフルズの構想による自由貿易システム=新マンダラシステムは成立しなかった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ラッフルズの海上帝国構想と小生のポルトガル海上帝国

白石 隆『海の帝国 アジアをどう考えるか』(中公新書1551、2000年)

第1回読売・吉野作蔵賞受賞作だそうである。

19世紀以降の東南アジアの政治経済システムに興味が沸き、この本を紐解いた。

なぜ、興味が沸いたのかというと、小生はこの頃EU3に嵌っており、(ゲーム内の時間で)18世紀半ばに至り、新大陸からアフリカ南部を経て東南アジアにいたる「ポルトガル海上帝国」を築き上げたからである。

東アジアおよび東南アジアにおいてわがポルトガルが強固な立場を築くためには、セイロン、バリ・ロンボク、マカッサル、カリマンタン、ルソン、台湾といった拠点をどのように連携し運営すればよいかについてのヒントを歴史に求めたわけである。

目次


  • はじめに
  • 第1章 ラッフルズの夢
    • マラッカ/ラッフルズの「新帝国」構想/秩序形成の二つの原理

  • 第2章 ブギス人の海
    • マラッカの情景/「ブギス人の世紀」/歴史のリズム

  • 第3章 よちよち歩きのリヴァイアサン
    • 近代国家とはなにか/海峡植民地国家/オランダ東インド国家/フィリピン国家

  • 第4章 複合社会の形成
    • アブドゥッラーの自己紹介/ラッフルズの都市計画/アイデンティティの政治

  • 第5章 文明化の論理
    • 植民地世界の成立/「文明化」のプロジェクト/近代政治の誕生/リヴァイアサンの二十世紀的展開

  • 第6章 新しい帝国秩序
    • 新しい地域秩序/ジャパン・アズ・ナンバー2/上からの国民国家建設

  • 第7章 上からの国民国家建設
    • タイ――「権力集中」から「権力拡大」へ/インドネシア――「権力集中」から「権力分散」へ/フィリピン――権力分散のシステム

  • 第8章 アジアをどう考えるか
    • 「日本とアジア」vs.「アジアの中の日本」/「海のアジア」vs.「陸のアジア」/「海の帝国」/これからどこに行くのか

  • あとがき
  • 参考文献と注

じつはこの本、2000年ごろに購入したものの死蔵。今年の冬にラオスに行った際に途中まで読んで休眠。そして今再読という、ヴィンテージモノである。

第1章、第2章のキーワードの一つがマレー半島の西岸に位置するマラッカである。同地にはマラッカ王国があり、15世紀以降、香辛料貿易の重要な中心として栄えた。16世紀初頭からはポルトガルの支配下に入り、17世紀半ば~18世紀半ばはオランダ東インド会社の支配下、そして18世紀終わりから20世紀半ばまでイギリスの支配下にあった。

ラッフルズは1811年にマラッカを訪れる。ラッフルズとはあのラッフルズホテルのラッフルズである。マレー語が話せた。当時、ナポレオン戦争のドサクサにまぎれて、イギリスは東インドのオランダ領を切り崩しにかかっていた。ラッフルズは現地の有力者の調略に当たっていたが、その中で構想したのが、イギリスによる海上帝国である。この海上帝国はベンガル湾からマラッカ海峡、スマトラ、ジャワ、バリ、セレベスを経由してモルッカ諸島、オーストラリアに至る広大な海域(ここではマレーとか、東インドとか曖昧に称されている)を支配するもので、次の2つの柱によって成立する:


  • (イギリスの)東インド総督がスルタン、ラジャなどの称号を持つマレー(東インド)の諸王の上に大王(ビタラ)として君臨するという「マンダラ」システムの構築
  • 東インドの島々にある諸王国を連携し、それぞれの地域・海域における防衛と自由貿易の振興にあたらせる。すなわち、自由主義経済システムの構築

ラッフルズの海上帝国がオランダの海上帝国と最も異なるところは、現地人をパートナーと見なすか、収奪対象と見なすか、という点である。ラッフルズは、セレベス島南西半島の住民であるブギス人・マカッサル人を重要なパートナーとして選んでいる。そして、ブギス人たちと連携して中国人、アラブ人、そして新興のアメリカ人に対抗しようとしている。

というように、ラッフルズはイギリスにとっても現地人にとってもバラ色のプランを立てたのだが、実際にはこうはならなかった。

実際に成立したイギリスの海上帝国(本書では「非公式」帝国と呼ばれている)はベンガル湾からシンガポール、香港を経て上海に至るV字様の軸線上に築かれた。ラッフルズの構想と現実の海上帝国の比較を下図に示す(地図は「白地図、世界地図、日本地図が無料」からもらってきた)。

Photo

現実がラッフルズの構想と異なった理由は数々あるが、本書では次のような理由が挙げられている:


  • ナポレオン戦争後、ジャワがオランダの支配権を取り戻したこと。これによりイギリスは東インドの島々への興味を失う
  • 当時、アヘン(インド産)が対中貿易の主要輸出品となったこと。この結果、イギリスはシンガポールを中継地としてインドと中国を結ぶ貿易に集中した
  • ブギス人の交易活動が1830年代以降衰えたこと
  • 中国人裏社会(黒社会)が植民地政府のパートナーとなり、アヘン販売、胡椒・ガンビル栽培から得た資金の一部を植民地経営に必要な資金として供給したこと

ラッフルズの自由主義経済システムは聞こえはいいが、自由貿易ではシステム基盤維持の資金を得られない。現実の植民地政府は中国人裏社会と結託して儲けることにしたわけである。表は自由貿易、裏は中国黒社会との結託という2つのやり方。これを著者は「秩序形成の二つの原理」と読んでいるのである。

先ほどの図であるが、小生のポルトガル海上帝国も灰色で塗って示している。ラッフルズの海上帝国ともイギリス非公式帝国とも違って、バリ・ロンボク、マカッサル、カリマンタン、ルソン、台湾という南北に長い形になっている。こんなので連携できるのか?

「海の帝国」、第1章しか紹介していないので続きはまた後ほど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拡張子.mdi形式をなんとかして開く

とある業者から請求書が電子ファイルで送られてきたのだけど、".mdi"という聞いたことのない形式だったので、ダブルクリックでは開けなかった。

で、困ったときのネット検索。見つかったのがこの記事:「拡張子 .mdi 形式のファイルを開く方法」(システム管理者バンザイ)

同記事によると、MDIとは、Microsoft Document Imagingの略であり、Office 2003をインストールしてできた「Microsoft Office Document Image Writer」という仮想プリンタで印刷したときにできるファイルにつく拡張子がmdiなのだそうだ。

で、同記事を参考に、小生は.mdiファイルをこのようにして開けた。

  1. とりあえず、○○.mdiというファイルをデスクトップなどに保存
  2. 同ファイルをダブルクリックする。そうすると「このファイルを開けません」というダイアログが出る
  3. 同ダイアログで「一覧からプログラムを選択する」を選び、「OK」をクリック
  4. 「ファイルを開くプログラムの選択」という画面に切り替わるので、「参照」をクリック
  5. あとは、MSPVIEW.EXEを探す。通常のパターンだと、C:\Program Files\Common Files\Microsoft Shared\MODI\11.0\の中にMSPVIEW.EXEが鎮座しているはず。

ちなみに、Office 2003 Service Pack 3がインストールされていることが必要らしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.08

なんでブログ更新が滞り勝ちかというと・・・

こいつに嵌っているせいである:

〔価格改定〕ヨーロッパ ユニバーサリスIII 【完全日本語版】〔価格改定〕ヨーロッパ ユニバーサリスIII 【完全日本語版】

サイバーフロント 2008-10-03
売り上げランキング : 5274

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

人々に遅れること、数年、今頃やりだしているが、面白いの一言。高橋名人の「ゲームは一日、一時間」という教えを守ることが出来ないほど。

現在、ポルトガルでプレー中。難易度の設定には手を加えていないので、普通のレベル?というかポルトガルを選択した時点で初心者レベルである。

18世紀に突入し、世界最大の領土(140プロビンス)を誇っているものの、カスティリアとかアラゴンとかフランスとかブルゴーニュを怒らせないよう、ご機嫌をとりながら過ごす毎日。

17世紀半ばにモルジブとかセイロンとかバリ・ロンボクとかマカッサルとか南洋の国々を併合したことにより、BBR(Bad boy rate)が急上昇し、世界での評判が悪化。

その後、なぜかアジア方面の地図を見ようとすると、「落ちる」現象に見舞われるようになった。バリ・ロンボクのたたり? パッチを充てるなどしないと回復しないと考え、結局、これを追加購入&インストール&パッチ充て:

ヨーロッパユニバーサリスIII ナポレオンの野望【完全日本語版】ヨーロッパユニバーサリスIII ナポレオンの野望【完全日本語版】

サイバーフロント 2008-01-11
売り上げランキング : 1393

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

おかげで「落ち」なくなった。

その後は、対アステカ戦争で勝利を収めたものの、国家の安定度が下がり(-3)、内乱頻発の事態に。数年後、安定度が-2になったところで、内乱収束。つづいて、イングランドが新大陸において引き起こした対インカ戦争に同盟国として参加した結果、よくわからない理由により、評判は「高潔な国」に上昇。

今日現在はここまで。

プレイしていない人には良くわからない文章ですみません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.01

森田麻水美画伯、広島経済新聞に取り上げられる

以前、ご紹介した画家の森田麻水美氏。

最近では、広島市内のギャラリーマップを作成・配布し、広島のアートシーンを盛り上げようとご活躍の由。

その仕事ぶりが認められつつあるようで、広島経済新聞にも取り上げられたようである:
広島「ギャラリーマップ」人気に-ギャラリースタッフら定期発行目指す」(広島経済新聞、2009年06月30日)

森田画伯のご近影もあった。

知り合いの好意的な記事があると、こちらも嬉しくなるわけで。

【過去記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【迷惑メールのご紹介】アクティブです

こういう迷惑メールが携帯電話に来たので紹介する。

件名: ※最終通告※

㈱アクティブです。

お客様が以前登録された総合情報サイトから無料期間中に退会処理がとられていない為に登録料金、\3000、が発生しており現状料金未納となっております。

尚、現在延滞金、違約金などは一切発生しておりません。
このまま放置されますと法廷書類作成後、訪問並びに法的な料金回収になります。
※法廷費用、回収手数料等は利用規約に基づきましてお客様の負担となります。「退会処理」をご希望であれば下記の連絡先へ翌営業日の正午迄にお問い合わせ下さい。

TEL 03-4530-0535
営業時間 9:00~20:00
担当 石川

※現在何百社というサイト運営業者が弁護団を作り料金踏み倒し利用者の契約携帯電話の固体識別にて調査を始めているのをご存知ですか?業者間での識別情報を交換し共有する事が可能です。更にこの情報は当社が提携している【銀行・郵便局等の提携金融機関等】にもこの事を伝達され、今後のお客様の利用に制限がかかる恐れもございます。

発信元はactive_-0535@docomo.ne.jp

OKWaveでも紹介されているが、ここ数週間、あちこちに送りつけられているメールのようである。ちょっとしたブームだな。

そういえば、この前も架空請求メールがきたなぁ:架空請求メール来たよ(2009年4月15日)

皆様もお気をつけ遊ばせ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.26

【ようやく】エコポイント交換商品カタログがダウンロードできた

ここ2,3日チャレンジし続けた、エコポイント交換商品カタログのダウンロード。今日、ようやくゲットできた。

エコポイント交換商品カタログ


なんで、16ページ如きで8メガバイトもあるのかとおもったら、全頁、文字情報が画像として保存されている。そりゃ重くなるわけだ。OCRテキスト認識でもしようかと思ったけど面倒だからやめておく。

やはり確認したくなるのは交換必要ポイント数。鉄道カードの損得情報をまとめるとこのようになる:

<損>

  • オレンジカード(JR北海道、JR西日本、JR九州): 4000点で3000円分 (25パーセント減)
  • Suica、PASMO、TOICA、ICOCA: 13,500点で12,000円分 (11パーセント減)
  • ですかカード・チャージ券(高知県のバスとか電車とか): 2000点で2000円分の「ICカードですか」、ただし総量着払い500円 (1円=1点で換算すれば、20パーセント負担)
  • nimoca(西鉄): 20000点で20000円相当だが、デポジット500円込みなので実質19500円分 (2.5パーセント減)

<イーブン>

  • 1dayパス(阪急阪神): 6000点で1200円券5枚セット
  • ICい~カードチャージ引換券(伊予鉄道): 10000点で10000円分

<得>

  • パサールカード(静鉄): 1000点で利用額1100円分の1000円券 (10パーセント増)
  • 福岡市地下鉄乗車券(福岡市交通局): 1000点で利用額1100円分の磁気カードは1000円券 (10パーセント増)

<わからん>

  • 「週末フリーパス」(近鉄): 4500点で3日間近鉄全線乗り降り自由のフリーパス(大人用)
  • エコポイント交換パス(JR四国): 8500点で特急自由席に3日間乗降自由(大人用)
  • ことでんICカード乗車券及びチャージ引換券(高松琴平電気鉄道): 10000点で限定IruCaカード

こうして見ると、明確に得になるのは静鉄と福岡市地下鉄の磁気カードだけである。「ですか」が着払い500円とは恐れ入ったよ。

最後の<わからん>グループであるが、フリーパスはもともとお得なものなので、近鉄沿線や四国を旅行する予定が確実にある人たちにとってはお得なのだろう。ことでんは良くわからんが、イーブンかプレミア付か?


関係ないけど、マイコー死んじゃったねぇ。
Michaeldead

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«【今日も】(続)エコポイント交換商品カタログが全くダウンロードできない件【ダメだった】